蝶の舞う振袖

蝶の舞う振袖

 親子三世代での御来店は、とーってもおひさしぶりでした。
 小さい頃に池田屋の前をお友だちと遊んだりしながら通っていた姿から、来春二十歳の成人式を迎える立派なお嬢様に。お母様はお変わりなく、おばあちゃんははじめまして。ということでお母さんが抱えて来られた風呂敷包みの中身は、成人式の御相談でした。
 包みを広げると、振袖が一枚に袋帯が三本、それに帯〆が数本。大きな紗綾型の地模様が織られた真っ白な重めの綸子地に臈纈染めの蝶の舞う振袖は、ところどころに金彩や刺繍が施されていました。立派な振袖にしては珍しく共生地ではなく朱鷺色の暈しの八掛がつけられていましたが、黄檗色に染められた重めの綸子地で比翼(衿、振り、裾まわり)が重ねられていました。
 「この振袖は私が成人式の時に母が誂えてくれたものなんです」
 素敵な振袖に目を奪われていると耳慣れた言葉が聞こえてきたのですが、そうおっしゃったのはおばあちゃんだったのです!おばあちゃんがお召しになっておかあさんがお召しになって、来春には三世代を迎えるしあわせの振袖。さっそくお嬢様にお着せして帯まで結んでみせると、可愛らしくとーってもよく似合っていました。が!残念ながら黄変といって変色が全体の至る所に。立派な振袖はおろかお嬢様ご本人にとってもうよく似合うこの一枚には手を掛ける価値がありますし、手を掛けてきれいにして欲しいとお客様と僕らとの想いが重なり、染色補正の名手に委ねることに。帯選び、帯〆帯揚選びの楽しみはそのあとで。またひとつ来春へのたのしみが増えました。
 世間ではおばあちゃんの振袖を『ババ振り』、お母さんの振袖を『ママ振り』なんて呼ばれていますが、こんなに想いのこもった素敵な振袖をそんな軽い言葉で表現したくはありません。

全体に見られる手強い黄変たち
全体に見られる手強い黄変たち

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