琉球染織工房ツアー2日目。

 今日の最終目的地が、このツアーの一番の目的地。2日連続のてんこ盛りにご注意ください。

人間国宝を陰で支えた首里織の第一人者、和宇慶むつみさん。

 首里地区から少し離れた、鼓膜どころか体を震わせるほど戦闘機の騒音がふと忘れた頃に響き渡る地区にその工房はありました。一匹のシーサー(これは雄かな)がお出迎え。ドアを開けるとずどーんと分厚い木のテーブルが象徴的なリビングダイニングには、御主人様の趣味という陶器やガラスの器たちが所狭しとお洒落に重ねてありました(写真2)。この景色を見ただけで、素敵な織物を想像してしまいました。
 和宇慶[わうけ]むつみさんは、いたって普通の主婦っぽくてとても素敵なお人柄。もともとは首里織の第一人者で国の重要無形文化財保持者である宮平初子(故人)の弟子として長らく工房を支えられていたのですが、現在は独立して糸の染色から織りに至るまでご自身の手で作品づくりに励まれています。伺う前から「ひとりでされてるから、帯が2本も織り上がってたら御の字や」と聞いてましたが、御の字の2本あってどっちも仕入れ先が手中に納めました。ふたつある手機のうちのひとつに掛かっていた織りかけの帯は、これぞ和宇慶さん!と言わんばかりの技術が結集されたなごや帯(写真3)。もう買い手が決まっているらしく、手前に見える素敵な絵羽もそう(写真4)。
 まだまだ力不足で手に入れることは叶いませんでしたが、和宇慶さんみたいなお人柄と情熱、センスを併せ持った方の作品を常にお客様に紹介できるような店を目指していこう!と誓った2日目のはじまり。

ドアの向こうの景色でピンと来ました。
縫い取りと絣の間にある縞は道屯織という、これぞ!という帯。
手機がふたつ。おひとりならでは。

南風原で出逢ってしまった花織の帯。

 昼食を挟み、南風原[はえばる]にある野原俊雄さんの織物工房へ(写真5)。さきほどの和宇慶さんとは対照的に、手機が左右に所狭しと並んでいました。八寸帯、九寸帯、夏物着尺など様々な作品が織られている中、今回のツアーでは珍しくやや多めの現品に巡り合いました。が、見学している中にどうしても忘れられない帯をひとつ見つけたので、「もしもコレが、、、」と申し出るとまさかの二つ返事に予約!地色と言い縫い取りの糸の色と言い、手元に届いたら改めて紹介しますので楽しみにお待ちください。織っていらした女性の雰囲気もまた素敵なんです。野原さんがその帯について細かく説明をされるのですが、方言がきつくて何をおっしゃっているか聞き取れずに残念無念(涙)。
 続いて同じく南風原地区にある仲良し姉妹の桃原織物工房、「佐賀県だったらバルーンフェスタに行ってみたいです!」と言われてしまった手織工房おおしろに伺い、どちらも花織の着尺が素敵だったのですが、次に控える目的地に備えて我慢の連続。

野原俊雄織物工房では一対のシーサーがお出迎え。
キイロの向こうに織られている帯こそ、恋した一本。

知念紅型研究所こそ、この旅の終着駅で始発駅。

 いよいよ最終にして最大の目的地、知念紅型研究所へ(写真7)。ここは数ある紅型工房の中でも歴史は古く、かつての琉球王国士族に仕えた紅型三宗家の流れを脈々と受け継ぐ名家のひとつ(このほか城間家、沢岻[たくし]家がある)。現在は十代目を継承された知念冬馬氏が制作に励んでおられます。
 実は今年9月に冬馬氏を唐津に招いて展示会を開催することが決定!そこで、冬馬氏に直接お会いして展示会の折に出品して頂く作品たちを数ある型紙の中から選別、配色に至るまでじっくり相談して参りました!池田屋にしかない知念紅型を、この秋にお披露目いたします!しかも特別な価格で、ですよ。乞うご期待ください!ふぅ、
 いやぁ今日は車で走ったしよく歩きました。これにて御免。

沖縄らしいコンクリートづくしの工房と住まい。
大人気の知念紅型は、休む間もなく次々と染め出されていました。

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○3月のきもの成績
若女将23vs23若旦那
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◉2月のきもの成績
若女将27vs26若旦那
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◉1月の対戦成績
若女将27vs11若旦那
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